亀田の藤五郎梅


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藤五郎梅の歴史

江戸時代の終わり頃,旧亀田町荻曽根の青果問屋,宇野藤五郎が観賞用に植えていた梅の実を市に出したところ,「果汁が多く,肉厚で大玉だ」と好評を博し,藤五郎梅と呼ばれるようになったと言われています。

また,現在の「藤五郎梅」は明治の終わりころに,宇野節次郎(屋号 藤五郎)が千葉県水戸から優良苗木を持ち帰り,選抜した品種とされ,この梅を新潟市内で売り歩くうちに,品質が特に優れていたため,時の県令がこの梅を「藤五郎」と命名したとされています。

昭和30年に果実酒が自由化され,梅がブームとなり県内各地で栽培されるようになりました。亀田地区では「藤五郎商店」が梅問屋として市場的な役割を果たしていましたが,新潟中央市場が開設されると市場出荷に切り替わりました。亀田では藤五郎梅を梅干,梅酒,梅肉エキス,梅シロップ,梅ゼリー,梅酢等様々に加工して利用しています。

梅の効用

藤五郎梅の生みの親,宇野藤五郎の直系15代目 梅の陣実行委員長 宇野保さん

藤五郎梅の生みの親,宇野藤五郎の本家15代目
梅の陣実行委員長 宇野保さん


梅は肝臓の働きを助け、解毒を促進させる働きや、疲労回復、抗菌、整腸、新陳代謝促進、抗酸化作用、血液浄化、虫歯予防、ダイエット効果など,様々な効果が期待できると言われています。

中国で二千年以上も前から用いられている梅は,薬用として日本に伝わったとされ、梅干は平安時代に登場します。
昔から、「食べ物」「血」「水」の三毒を断つとされ,中国では、旅行などに出掛ける際に干し梅を携帯する習慣があります。

「梅はその日の難逃れ」「梅干には命を守る七つの徳がある」・・・数々の梅にまつわる言い伝えには、梅が私たち日本人にとって身近で貴重な存在であった証しと、先人たちが時代を超えて伝える知恵が詰まっています。